EXHIBITIONS

Drawing on common space

2019.8.26(mon)-31(sat) @マルヤガーデンズ6F garden6

出展作家:花月啓祐・則座初音・プライス利亜夢・丸山翔

同時開催:みんなでつくるマルヤのデザイン

 

statement

 

様々な問題や事件が入り混じる今日では、人がそれぞれ関心を持つ項目や成り立ちは様々です。

本展では4人の作家の様々な文脈によって制作された作品を展示します。

''common space''とは建築用語で、共用スペースという意味です。

私たちの作品による、興味や関心の共有と同時に御鑑賞される皆様に''自分自身の独自性とは何か''

考えていただくことのできる空間を提供いたします。

作家紹介

丸山 翔

 

絵を綺麗だと思う人もいれば、そのように思わない人もいます。あの人の絵は好きだけど、この人の絵はあまり好きじゃない。そんなこともよく耳にします。もちろん人には趣味嗜好があり、自分の好みが人にも全て当てはまるわけはありません。ましてや絵に限定して考えてればますます好みなど当てはまりにくくなるでしょう。絵というものは極端な話、画面上に存在する『汚れ』でしかないのですから。

私のように、『線』に意識を向け画面の汚れをコントロールする人間もいれば、『色』を使い、汚れを洗練させていく人もいます。汚れに『言葉』を持たせ、絵を成立させる人も多いでしょう。ただ、それらは単体では作品にはなりません。作り出した作品を認識する人がいるからこそ、それらの画面の汚れは絵として、作品として成立するものなのです。ただ、それは同時に、誰かが認識しても絵と捉えず、汚れだと捉えてしまえば作品にはならないという二面性も持っているのです。面白いですね。

壁にある汚れ、服についたシミ、天井にある雨漏りの跡。それらの大半は、誰かの意思ではなくできてしまったものではあるでしょう。ただ、紙やキャンバスに存在する汚れが絵になるように、それらも作品としての二面性も持っていると思えてもきませんか?自分の認識さえ変わってしまえば自分たちの周りには様々な絵が存在しているのかもしれませんね。

即座 初音

 

日常Ⅰ

 普段、何気なく生活している日常に隠された美しさを抽象的に表現した。私は9種類の情景を思い浮かべてこの作品を制作したが、この作品を観た人がそれぞれ好きなように日頃の景色を想像してもらえたら本望である。

 水面が太陽の光に照らされてキラキラ光っていたり、布についた血のにじみだったり、袋を開けるわくわくであったり、春の訪れを告げる蕾だったり。日常の美しさの再発見をこの作品で行なっている。

 

花月 啓祐

 

Drawing on common space


MAPPING. #02

2019.3.12(tus)-17(sun) @三街区ギャラリー

出展作家:蔵満明翔・花月啓祐・長崎航平・プライス利亜夢

statement

 

実際に見ることができない(見たことのない)航空写真を生活の”頼り”にしているのはなぜなのだろう。

既存の価値観とは異なった視点で、その土地や人間の営みを再認識(Mapping)する手段として、テクノロジーやアートの発展は重要な役割を果たしている。今展は、我々の”リサーチから着想を得た制作/展示の第1弾”として「名山堀」を対象に置きMappingを試みる。

作家紹介

蔵満明翔

 

日々の泡-構造物と人を泡として捉える

1、樹脂、アクリルパネル 500×500mm 2019

2、映像 サイズ可変 2019

3、キャンバス、アクリル 100×150mm 2019

 

「日々の泡」と名付けられた作品は多い。例えばフランスの小説家ボリス・ヴィアンのパリに暮らす若者たちを描いた青春小説「日々の泡」や日本のサクソフォーン奏者、清水靖晃の楽曲「日々の泡」などがある。共に、都市空間の風俗を泡と見立てて比喩的に表現している。今回の展示会場がある、名山堀に立ち入ると、泡の”生”と”死”の瞬間を容易に伺える。沸き上がっては、消えゆく幻日のように繰り返す泡の特異性を今回は過剰に取り入れた。

花月 啓祐

 

反復するイメージと肖像

キャンバス、油彩、木材

307×253mm 2019

反復するイメージと風景

水彩紙、色鉛筆、アクリリック、透明水彩 540×380mm 2019

長崎 航平

 

真偽の混在する街

プラスティック、アクリル、ガラス、木材、etc

500×500×500mm 2019

 

問題は名山町をマッピングすること、、、

現在はインターネットの普及により航空写真や地図などによって町の雰囲気、特徴を伺うことができる。しかしその土地に足を踏み込まなければ感じることのできない情景(音、光、風)などがある。そこで作品を作るためには実際に名山町に行って情報を取り入れた作品を作るべきだが、私は自分のイメージ(偽り)とこうしたら面白いのでは?(捏造)で作品作りに挑むことにした。展示会の時に作品の答え合わせをする。

プライス 利亜夢

 

無題

パネル、ダンボール、アクリリック

455×380mm 2019

ギャラリー施工時の様子


7秒前を考える。#01

2018.8.12(sun)-14(tus) @gallery you

出展作家:蔵満明翔・花月啓祐・プライス利亜夢

statment

 

「人間が判断を下す7秒前には、脳活動でその判断を予告できる。」

 

 2008年マックス・プランク研究所の研究報告で発表された。

 私達が日常的に決めていることは、私たちの意思による判断の前に、脳がすでに判断している。人間は、幼い頃から直面する多くの出来事の中で判断を下し、それを実行する。

 今日、数え切れないほど多くの人間の人生の集積が時代や歴史と呼ばれている。 しかし、その時代や歴史の中で起きた多くの出来事が全て感情を持たず、必然的な出来事であって、ただ時間だけが無機的に流れているものを時代や歴史と呼んでいたとしたらどうだろうか。そこには、無知であり自分の今まで体験してきた出来事が意思とは違うところで決定していることへの恐怖と微小な好奇心しかない。

 この展示は、私達が企画したのではなく、感情のない大きな時間の流れの中に必然的に存在し、その必然的な事象を実行するだけの存在だとしたら。それは、喜びすら感じるがその裏腹でやはり無知であることの恐怖がある。

  超反射的で超感覚的であり神秘性すら感じることのできる事象が自分の意思の外で決定していることの恐怖からは離れることはできない。

 7秒前を考える。#01」は 蔵満明翔/プライス利亜夢/花月啓祐の三人の持つ媒体で上記の問題にフォーカスを当てて展示し俯瞰する実験的な展示である。

 

 

作家・作品紹介

蔵満明翔

 

位置と違和感/VIDEOインスタレーション 2018

 2011年の東日本大震災に対しての私のリアリティは、ごく最近強くなっている。実際の被災者に会ったことが理由だ。平成最後というキーワードが蔓延しているが、平成を生きて来た私が「平成に起こった事象」を自分自身のリアリティで考えるとすると、それは社会の動向とは相反するものがある。本作は、3つの映像と1台のモニターを仕切る形で配置されたオブジェクト(テント)、壁面の巨大な布によって構成されている。テント内の映像では、私の2011年3月の記録(メモ)を元に作られた日記を実際の被災者が朗読しており、テント外の映像では、私自身が同一の日記を水中で読むというパフォーマンスの記録映像になっている。壁面の布は当時使用していた私の布団や衣類をつなげており、そこにこの作品を作るためのドローイング(エスキース、思考)を描いている。

  鹿児島に住んでいたこと、そしてそこから外界を見ること、また現在は東京に暮らしていること。自分の日常から事象に対するリアリティの在り方を捉えようとした。

花月啓祐

 

黄色の風景/紙、オイルパステル 2018

flower/紙、オイルパステル、水彩、クレヨン、ペン 2018

landscape/紙、オイルパステル、水彩 2018

二つの目玉1つの主観/紙、オイルパステル 2018

 きっと、誰しもが [ 美しい / 綺麗だ / 面白い / 可愛い ]そんな感覚に襲われた事があるだろう。その感覚は、“嬉しさ”や“悦び”といった新たな感覚を呼び起こす。凄く瞬間的なことである。一瞬ではあるものの、その感覚はその人にとってかけがえのないモノであるだろう。

 僕は、そんな瞬間的なきらめきや感動を最も大切にしている。

 今回の展示「7秒前を考える。」に参加するにあたって、マックス・プランク研究所の研究報告を見た。そこには、自分の意識の外で物事がすでに決定していることが“すごい出来事である”“大発見だ”といった、まるで歓喜しているような明るい文章が書かれていた。

 恐怖した。僕が、一番大切に、大事にしていた瞬間的なきらめきや感動は自分の意識外ですでに決定しているのだと突きつけられたような気がした。この研究報告は、まだ仮定の話であり証明されているわけではないが、この事は私にはあまりにも酷く、同時に僕の心を掻き毟った。

でも、そんなのは嫌だ。僕は、僕の感覚を信じるし、信じていたい。

 僕は、絵を描いた。僕の感覚。7秒前より前の時間に突き進みたい、それより前に感じていたことを掴み取りにいきたい、紙に自分を貫通させてやる。その一心だった。

 僕は、7秒前を考えた。それは、7秒前に自分の感覚や行動が決定している恐怖に対峙し、自分自身の感覚を信じ、力強く足を踏み出すことだった。

プライス利亜夢

 

7秒前を考えるためのドローイング/旧日本銀行券、アクリル、モデリングペースト、鉛筆 2018

 近年、戦争体験者が減り戦争の風化が問題視されている。たしかに忘れられてはいけないものかもしれない。だが果たして本当にいけないことなのだろうか。時間が流れれば流れるほどそれは過去になっていき、何も知らない人たちが増えていくのは自然な現象だと思う。生存と繁栄に必要な行動以外を行わないと生きていけない動物は地球上で人間だけだと私は思う。つまり人間はこの星で最も無駄の多い生き物と言えるだろう。生物としての本能的なことより社会というシステムの維持と発展を優先していることに私は疑問を感じた。その象徴となるものは貨幣文化ではないかと考えた。

 紙幣を白く塗りつぶす。その上に紙幣の製造年、流通期間などを書いたもの。時代は塗り替えられるものだ。そのもの自体は無くなってもそれが存在したという事実が過去、歴史として残る。時間の流れを感覚的に捉え、それを表現した。


二十歳の展示会

2018.1.5(fri)-1.7(sun) @gallery you

出展作家:荒田恒平・川井田健斗・蔵満明翔・小薗立洋・小森紀綱・長崎航平・プライス利亜夢・丸山翔

昨日までは少年でした。

どれだけ逃げても、自分からだけは、逃げられない。

想像以上の未来を見ている。

鹿児島県立松陽高等学校美術科19期生の男子で成人を記念して、今までお世話になった方々や恩師の方々への感謝と私たちの成長を見ていただくために開催した展示。

展示風景


その他展示会等

2013 Noco先生と利亜夢の二人展/鹿児島

2014 Nocoクレイクラフト展/鹿児島

         第65回鹿児島県高校美術展奨励賞/鹿児島

   グレー=シュル=ロワン日本人作家展/フランス

2015 Nocoクレイクラフト展1/鹿児島

         Nocoクレイクラフト展2/鹿児島

2016 Nocoクレイクラフト展/鹿児島

2017 Nocoクレイクラフト・アート展/鹿児島

 

 

他 公募展